コスタリカ
[4]小学生が国を相手に違憲訴訟!?
2015.11.6
違憲訴訟は、いつでも、だれでも、どんなことでも
では市民も憲法を生活に活かしています。ここが日本と違います。憲法と違う現実があれば、市民は黙っていません。
首都の中心部の最高裁判所。入ってすぐ右は違憲訴訟を受け付ける窓口です。憲法に書かれた権利を侵されたと思った国民は、ここに訴えます。窓口は1日24時間、1年365日、休みなく開いています。
弁護士も、訴訟費用もいりません。訴えの内容を紙に書けばいいのです。決まった書き方などなく、新聞紙の端切れでもいいのです。パンを包んだ紙に書いた人もいました。ビール瓶のラベルの裏に書いた人もいました。窓口に来なくてもファクスで送ってもいい。携帯のメールでも受け付けています。外国人でもいい。
小学生も憲法違反で訴えます。小学校の隣の空き地にゴミが投棄され、臭いがひどく落ち着いて勉強もできない。生徒が「学ぶ権利が侵された」と違憲訴訟に訴えました。最高裁は訴えを認め、投棄したゴミを回収し不法投棄をやめさせる判決を下しました。
おじいさんが薬を買いに行ったら置いてなかったので、薬屋さんを訴えました。僕は「薬がないくらいで憲法違反になるのか?」と疑問に思いましたが、最高裁の係官は「だって、おじいさんにとって、薬がなければ健康で文化的な生活がおくれません」と言いました。判決は、生存権を根拠におじいさんの主張を認めました。おじいさんの薬がいつも置かれるよう薬屋さんに命じただけではありません。おじいさんはどこに旅行するかしれません。全国のすべての薬屋さんにこの薬がいつも置かれているよう行政に命じました。
私たちの目から見ればささいなことでも、権利の侵害はいささかでも放置しないという意識が根底にあるのです。
一大学生の訴えでイラク戦争支持表明が違憲と認定
もちろん重大な違憲判断も行います。国会で審議中の税制改革の法案が取り上げられ、正当な審議プロセスを経ていなかったとして違憲判断が下ったこともあります。
2003年に米国がイラク戦争を始めたとき、コスタリカの大統領は米国の戦争を支持すると発言しました。大統領を憲法違反で訴えたのは大学3年生でした。「平和憲法を持つ国の大統領が他国の戦争を支持するのは憲法違反だ」と訴え全面勝訴しました。
一見、訴訟社会のように見えますが、訴訟社会は個人の利益のためにするから嫌われるのです。違憲訴訟は社会のおかしな点に気づいた者がそのつど指摘し、みんなの手でより良い社会を創ろうという発想に立っているのです。みんなの利益のための訴訟ですから、訴訟費用は税金でまかなうのです
憲法が生きている国
日本とはだいぶ違いますね。でも、コスタリカでも以前は、憲法は図書館に飾ってあるようなものとしか思われていませんでした。市民が憲法を自分たちのものとして使わなければならないという考えが高まり、1989年にドイツ型の憲法裁判所の制度が採用されてから変わったのです。日本はこれと違ってアメリカ型なのです。ああ、ここでもアメリカべったりだ。
こうしてコスタリカでは憲法の平和条項だけでなく、憲法のすべての条項を市民が活用するようになりました。憲法は絵に描いた餅ではなく、実際に国民の生活に適用されるべきであり、憲法に書かれた理想は社会に実現されなければならないという国民の合意があります。みんなで憲法を活かして社会の不備を正していこうという発想です。
日本もコスタリカのように憲法裁判所の制度を採用すれば、基本的人権の考えが広がり、国民が憲法を活用する方向に向かうのではないでしょうか。実は隣の韓国も以前はアメリカ型でしが、1988年に軍事政権から民主化したさいに憲法裁判所の制度を採用してドイツ型に変えました。
コスタリカの最高裁を出るときに窓口を見ると、来た時にいた男性の一人がなお粘り強く主張していた。ほかに3人が訴えに来てました。
政府に憲法を守れというだけでなく、私たち国民も憲法を活かすことが大事だと、僕は思うのです。