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ジャーナリズム

闘う新聞・韓国ハンギョレ新聞

2018.10.14

韓国のハンギョレ新聞本社の壁に輝く銅板が張りつけてあります。創刊、運営するために資金を寄せた市民一人一人の名前が刻まれています。この新聞は大金持ちが出した資本でなく、国民一人一人がなけなしの金を寄せた「株」で運営しているのです。「国民株主」と呼ばれます。つい最近、新しい銅板の除幕式があったというニュースを、Facebookの鄭剛憲さんの書き込みで知りました。「真実の報道と跳躍に力を与えてくださった株主」は今も増え続けているのです。

ハンギョレ新聞を現地で取材したのは、今から18年前の2000年でした。権力におもねるメディアではなく、人権と民主主義のために真に「闘う新聞」です。その玄関の壁を埋めた輝く銅板に、6万1666人の名前が刻まれていたのです。当時、1株は5000ウォン(860円)でした。

新聞配達の少年は、わずかな給料から2株分、1720円を出しました。間借り生活をしながらリヤカーで行商する夫婦が、何年もかけて貯めた借家のための資金をそっくり出しました。株主の第1号は、光州市の高校教師です。3年間の教職で蓄えた43万円をそっくり出しました。1987年に拷問で亡くなったソウル大生朴哲鐘君のための募金活動をしている学生たちは、募金から50万ウォンを出して100株を購入し、朴君の遺族に贈りました。

朴君といえば、『1987、ある闘いの真実』という映画がいま上映されています。先日、見てきました。韓国の市民はあの厳しい人権弾圧の軍事独裁政権時代に、民主主義を勝ち取るために身を挺してたたかったのです。現在の文政権はその闘いが生んだものです。

ハンギョレ新聞の創刊の発起人だった李泳禧氏宅を訪れて「韓国の人はすごいですね。日本ではなかなか政治運動に結び付きません。何が違うのでしょうか」と尋ねました。彼は「私たちは軍事政権の時代に命を投げ出して闘い、自分たちの手で民主主義を勝ち取りました。だから自信を持っています。日本の歴史の中で、市民が自分たちの力で政権を打ち立てたことが一度でもありましたか」と語りました。

その通りです。体験しなければ自信は得られません。韓国で朴槿恵・前大統領が失脚したのは、身内に金銭的な便宜を図ったことが大きな原因でした。同じことをした安倍首相はなおも政権を保っています。そして憲法をないがしろにしてさまざまな悪法を作り、さらには憲法をも変えて日本を抑圧社会に戻そうとしています。これを座視するなら、戦前の暗黒社会の復帰を招くでしょう。今こそ日本の市民が力を発揮すべき時です。

この時期に日本で「闘うジャーナリズム」を支えてきた『週刊金曜日』が、経営ピンチに陥っています。雑誌の衰退の波に流されようとしているのです。一方で、ハンギョレ新聞は何度も経営ピンチを乗り越えてきました。いや、ピンチをチャンスに変えてきました。

当時の取材は週刊金曜日に連載したあと、岩波ブックレット『闘う新聞 ハンギョレの12年』として出版されました。公平で公正な社会を築くために、クビになった記者たちがいかに奮闘してきたか。市民がどんな思いで支えてきたか。読み直すと今でも胸が熱くなります。ジャーナリズムを考えるうえで、ぜひ読んでほしいと思います。

写真
写真=2000年に撮影したハンギョレ新聞の本社。要塞のような造りは、まさに「言論の砦」。
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