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個人的な話

伊藤流「伝わる伝え方」特別講座

2015.10.7、2015.10.12

昨夜は都内のピースボートセンターで、「伝わる伝え方講座」を若いスタッフたちに1時間半、話しました。見たこと、知ってもらいたいことを伝えたいのにどう言えばいいのかわからないという人に、ちょっとしたコツをつかんでもらいました。

「アウシュビッツ報告」と「沖縄・南風原報告」

最初は、この夏にポーランドのアウシュビッツを訪れたピースボートのスタッフ渡邉舞さんに「アウシュビッツ報告」を10分やってもらいました。

彼女は写真を見せながら語りましたが、聴いていても肝心のアウシュビッツの雰囲気が伝わってきません。人前で何度も話したことがある彼女ですが、いつも緊張するとのことです。

舞ちゃんのあと、僕が沖縄の南風原(はえばる)を訪れて「ひめゆり学徒隊」が看護活動をした陸軍病院跡を訪ねた報告を5分ほど語りました。舞ちゃんのとき観客は黙って無表情で聴いていましたが、僕の話のときは顔をしかめたり驚いたり、表情がどんどん変化しました。反応が顔の動きに表われるということは、言いたいことが伝わっているということです。

舞ちゃんと僕の話で何が違うのでしょうか?
舞ちゃんの報告では何が足りなかったのでしょうか?

聴く人の脳に絵を描くつもりで

観客の少林寺君が「におい」と言いました。そうです。体験は目で見るだけではなく耳で聞き、鼻で嗅ぐものです。五感を研ぎ澄まして観察し、五感で追体験できるよう伝えればいいのです。沖縄で戦時中に病院として使われたのは山をくりぬいたトンネルです。手足を切断された兵士たちの膿と糞尿だらけの「死んだネズミの死骸を鼻に押し付けられたようなにおい」の中で15歳から19歳の女子高校生が生活していたのです。それを聴くだけで当時の状況を少しは想像できるでしょう。

アウシュビッツの展示に、収容者の髪の毛がありました。舞ちゃんは「たくさん」と言ったのですが、「たくさん」といっても聴く人には量が伝わりません。「ここからここくらい」と言ってもわかりません。ここで観客の新井ちゃんから「8トン」という数字が出ました。4トントラック2台分です。人間一人の髪の重さはたいしたことはありませんね。みんな日ごろ頭に乗せているのですから。でも、それが積もりに積もって8トンです。数字をあげることでまさに事実の「重み」が伝わります。
では、なぜナチスは彼らの髪の毛を刈ったのでしょうか? それも観客から声が出ました。男も女もなく、人間を人間でなくするためです。何かを見たときに「なぜこんなことをしたのか」と質問すること、さらにそこから「人間」を考えることが重要です。

収容されていた人たちはどんなところで寝て、どんな生活をしていたのでしょうか? 狭い板張りのベッドにぎゅうぎゅうづめだったと言いますが、ただ狭いというだけでは聴いていてもピンときません。ベッドの広さを数字で言って、そこに何人が詰め込まれたかを言えば、それなりにわかります。聴く人の脳に絵を描くつもりで話すことです。

さらに、現場で自分がそこに寝てみることです。ごわごわした肌の感じ、見上げると上段の板の隙間から他の収容者が見えるなど、自分で追体験することです。

さて、当然な疑問があります。ナチスはどうやって収容者を従わせたのか、なぜユダヤ人は逃げなかったのか、などです。ここで観客から解説が出ました。ナチスは、収容した人の中から「ゴマをする」人を選んで、彼らを使って統制させたのです。これは世界の歴史で、どこの国でもみられたやり方です。今の企業の中間管理職と同じです。先ほどからこうした解説がサッとでてくるところがさすがピースボートの人々です。すごいじゃないか!

ここまでで半分。ここから後半の「技術編」の概要です。

最初に行う材料集めのコツ

まず、現場に行ったさいの行動です。これはシェフが材料を仕入れるようなものです。新鮮な素材を、なるべくたくさん、特別なものがあれば真っ先に手に入れます。見たもの、聞いたこと、におい、触った感じ、その場で思ったことなど、その場で何でもメモします。言葉で説明が難しいなら、図に書くか写真に撮ります。たくさんのものを見れば見るほど、少し前に記憶したものは忘れてしまうものです。書くことで指が記憶します。克明に記述しましょう。疑問に思ったことは「?」マークを書き込みましょう。あとで質問するか自分で調べます。ちなみに、僕はコンビニで100円で売っているA6サイズの小型の大学ノートをメモ帳として使っています。

伝えようとする前にメモしたことを3度読み直します。まずはざっと読み、2回目は大切なところに青色のペンで線を引き、3度目は絶対に伝えたいことに赤色ペンで線を引きます。次に線を引いた部分を抜き書きし、分類します。「ひめゆり学徒隊」なら、「戦時中の日常」「事件」「何を思ったか」「若者に伝えたい事」などです。

そうしているうちに、材料が足りないことや、聞くのを忘れていたことなどに気づきます。その分を補うために本を読んだりネットで調べたりします。まあ、料理を前に醤油が切れていたことに気付いて買い出しに行くようなものです。素材の補強です。

伝えるための材料の並べ方

材料がそろうと、いよいよ料理に入ります。まず、狙いをきちんと頭に入れます。昨夜の舞ちゃんはアウシュビッツについて10分の報告をするということでした。すると少なくとも半分の5分はアウシュビッツの現地の様子を語る必要があります。本来なら8分当ててもいいでしょう。残りはいきさつや教訓などです。

そこで展開する順番に材料を並べます。

順番は「現在・過去・未来」です。自分は何を見たのか、そこでは過去に何があったのか、それは未来に何を示しているのか、の順に語るのです。この順番が人間の脳には一番入りやすいのです。
素材が多かったら、大切なものだけに絞ります。せっかく知ったのだから、あれもこれも伝えたいと思うでしょうが、ありすぎる情報は、初めて聞く観客には理解しきれません。絶対に伝えたい3点くらいに絞って、あとは捨てることです。厳選した3点について、ディテールまで詳しく語るのです。新聞記事の場合は、取材したことのうち大切な1割くらいしか載せていません。だから濃密なのです(そうでない記事が最近多いけどね)。

語る際には、観客の脳の中に絵を描くつもりで語りましょう。そのためには、自分が現場の映像を頭に思い浮かべながら話すことです。自分がムービーのカメラになったつもりで、脳に映ったものをそのまま口に出せばいい。そうすることで臨場感も出ます。

難しい言葉を使わずに日頃の話しことばで語ります。「惨劇」など論文に出てくるような言葉はダメです。語りながら観客の目を見ましょう。僕は相手の目を通して、その人の脳に僕の言葉を焼き付けるような思いで話しています。

講師が一方的に話すのでなく、ひんぱんに観客に問いかけましょう。観客を参加させて、観客といっしょに講座をつくりましょう。そうすることで盛り上がります。でも、やみくもに聞いても、何を言っていいのかわからないという人もいるでしょう。だれに問いかければいいのでしょうか。それは観客の目や姿勢を見ているとわかります。何か言いたそうにしている人は表情に出ます。昨日の講義で僕が当てた人のほとんどは、そんな表情の人でした。

伝えることは3つまで――道順も俳句も写真も

道を歩いていて道順を聞かれたとき、どう説明しますか? 7日の講座では、東京駅からピースボートセンターに来る人にどう説明すれば伝わりやすいかを会場の参加者にプレゼンしてもらいました。いろいろな言い方が出ましたが「①電車で高田馬場駅へ、②改札を出て左へ7分、③スーパー〇〇の先の黄色い看板」と答えた女性がいました。これが正解です。

ほかにもっと詳しく、中央線で山梨方向へ向かい山手線に乗り換えて……と言った男性もいます。しかし、知らない場所の知らない地名をグダグダ並べられると、人間の頭は混乱します。初めて聞く情報はせいぜい3つまでしか頭に入りません。それ以上になったら、もう聞くのをやめようと拒否します。

道順でさえこうです。講演や演説、発表などでも、伝えるためには何でも大量の情報を出せばいいというものではありません。大切な3点を考えることです。3点以上は相手の頭には入りません。入ってもすぐに忘れられます。一度に3つです。

3点というのは、いろんなことに通じます。何かを理解するさいに、①メイン、②サブ、③背景の3点を押さえることです。そして、この3つを伝えることで、相手は理解しやすくなります。

たとえば、写真がそうです。①写したい対象、②それを際立たせるもの、③背景、の3点がそろっていると、スッと頭に入ります。よく写真では構図がどうのこうのといいますが、大切なのはこの3つです。そして、①②③の順に強弱をつけてフレームに収めようと撮影位置を変えると、自然と三角形などの構図ができているものです。

俳句もそうです。5・7・5というのは情景や心情を伝える3つの要素です。古い池があり、蛙が飛び込み、水の音が聞こえる。メインは蛙です。サブは水の音、背景として古い池があります。写真を撮ろうとするとき、何でもいいからシャッターを押していたら、あとでできあがるのはごみのヤマです。ちょっと立ち止まって、俳句を詠みましょう。今、自分は何を主張しようとしているのか、それを3つの要素として認識するのです。

あるいは、①柿を食べる、②鐘が鳴る、③法隆寺。まさにメイン、サブ、背景です。しかも柿の色という視覚、鐘の音という聴覚、法隆寺の迫力を盛り込んでいます。いずれも渋い言葉なのに(あ、カキは甘いかな)心にしみじみ伝わるのは、3点がわかりやすく、しかも五感に訴えるからでしょう。五感に訴えて相手の脳に伝えたいことをインプットする。俳句は「伝え方」を凝縮したものです。

人前であがらずに話す方法

講座のあと、どうしたら人前であがらずに話ができるようになるのか、という質問が出ました。

「慣れ」ですね。人前で何度も話すしかないのです。僕も最初はしどろもどろでした。人前に出ると顔が真っ赤になっていました。でも、何度もやっているうちに体が慣れました。人間の性格は変わることを、僕はこのとき学びました。

前に話した時にどんな質問が出たかを思い出します。そうか、自分はこう語ったが、相手はこれを知りたかったのだとわかります。それを繰り返すうちに、テーマは違っても、聴く人が知ろうとすることがつかめるようになります。話している最中に観客や相手に問いかけるのは、今自分が話しているのは相手の聴きたいものかどうかを確かめるということでもあります。相手が別のことを知りたがっていそうだったら、すみやかにフィードバックして話す内容を転換すればいい。

話す前に、その場に来ている人に、何を期待しているかを聞いてみるのも一つの方法です。話す前に観客に紛れ込んでいると、周囲の話からそれとなくわかるものです。話そうとしていた題材に、それを加えればいい。ま、そのためにも普段から材料を仕込んでおくことです。パスタでもカレーでもラーメンでも、寿司でも、何でもその場の求めに応じられるように……でも、とりあえずはそのうちの一つから始めましょう。

こうして慣れたら、その後は話すのが楽しくなります。だって、伝えることで相手が明らかに変わります。僕が話した後では、場の雰囲気が熱くなっています。それは、知識を得て賢くなったという自覚、これを応用したら自分の人生は楽しくなるという期待感が生まれたからでしょう。

あと、ほかにも質問があったけど……長くなるから、またね~。

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